不安との戦いの時期
何かのせいで心が落ち着かなくてそれが何なのかがわからないとき、いろんなことを試してみてそれがいったい何なのかを考えようとします。
ニューハーフはその道を必ず通ります。何か違和感がある、他人と少し違う気がする、なんだかすごく居心地が悪い・・・その原因となっているのは男性なのに男性らしくすることができないということ。その心を持っている自分自身への違和感なんです。けれどもニューハーフという言葉がまだまだ普及していなくて知らない間に自分はこの世でたった一人だけがこんなことを感じているんだと思いこみます。
でも実際に表に出てみるといろんな世界が飛び出ていて、「私以上に性に悩んでいる人がたくさんいる・・・」という感動をいつか覚えるようになります。それがどうしてもできることだとは関係ありません。性同一性障害とニューハーフとは打って変わって違うものだという説明をしましたが、現在性同一性障害でもニューハーフだと自分から言っているタレントは大勢います。
性同一性障害は本当につらいと思う。とあるひとはこう語っていました。彼は男性としての肉体を持っていながら女性として生きている人物です。精神的なものと肉体的なものの軋轢が日に日に増していくのを感じるんだとか。
ホルモン投与と去勢手術により性衝動というものは女性に近いけどやっぱり男性としての部分は残っているのでどうしてもその時が一番つらく感じるんだとか。けれどもそんな時にはむなしさがありながらもきちんと処理をするのかそれともその時の気分でやめにするのかはその時々で違うんだとか。こういった苦しみをニューハーフはもちません。
なんせ肉体的なものと精神的なものの歯車が合わないなんてことはありませんし、もちろん女性として生きていきたいと決心することは簡単ではありません。周囲からの視線だって気にしません。ニューハーフで何が悪いといったところでしょう。人のやっていることに口出す権利はないでしょうという強い気持ちを持っています。
けれども親せきに会う時なんかは男性のふりして何食わぬ顔で正月を過ごしたりとかするんです。でもニューハーフ歴が長ければ長いほど、その仕草や行動ことばづかいは女性に近いので男性という感覚を忘れがちになり、時折ニューハーフの時の声を出してしまって周囲があっと驚きごまかすのに大変だという笑い話もあったりします。